縁がなかった洋子

出会ったのは、小学5年生の10月。彼女の住む町に引っ越し、彼女の通う学校へ転校した。

彼女の名前は洋子(ようこ)。洋子とは、同学年。クラスや学校から自宅へ帰る方向も違っていたが、お互い、なんとなく気に留めてはいたと思う。

中学へ進学しても、洋子と同じクラスになることはなく帰路も違い、顔を合わせることはあまりなかった。しかし、3年生になると、なぜか隣のクラスにいた昌子(しょうこ)に気に入られ、よく声をかけてもらった。洋子もまた昌子と同じクラスで女子ソフトボール部に在籍し、仲が良かったようだ。気持ちの中で洋子と急接近したのはこの時だ・・・おそらく・・・おそらくって?・・・お互い、恋愛にはシャイで、なかなか気持ちを伝えられなかった。気持ちは高ぶるも、洋子とそれ以上、近づくことはなかった。その頃、僕のくつ箱に差出人のないラブレターが入っていたことがあり、僕の人柄を小説の一文で表現したような、ちょっと知的な人が書いたような内容だった。その時はいたずらかもと半信半疑だったが・・・

高校は違う学校へ進学し、会うことはなかった。僕は、卒業した翌年、熊本の田舎町から大阪へと引っ越した。21歳になる直前、急用で熊本へ行くことになり、洋子に「会いたい」と手紙を送った。中学の同窓会名簿で住所は知っていたもののデータは古い。洋子の気持ちも分からなかったが、イチかバチか送ってみた。僕の住所は書かなかったので、届いたどうかわからないし返事も来ない。相手の都合を聞くこともなく、ただ時間と場所を指定した一方的な内容。そんな手紙をもらっても来てくれるのかと・・・

なんと、来てくれたんです・・・指定した時間と場所に・・・ソフトボールをやっていたさばさばとした中学生の頃とは違い、かわいい女性になった洋子が待っていた。満面の笑みで僕を迎えてくれた。お互いの気持ちを確かめ合い、ラブレターも洋子からのものだった。でも・・・

僕はオーストラリア留学を直前に控えていた。洋子を連れていくだけの器量がなかった僕は、結果的に悲しい別れを選択してしまった。

 



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