冗談?本気?つかめない美穂

 

高校卒業後、新幹線の車内販売をしていた。当時の新幹線の車内販売は、商品をカートに乗せて販売する人以外にも多くの販売員が商品を片手に販売していた。乗客からはうっとうしがられる存在ではあったが、電車に乗るのが好きだった私は、好きではない仕事内容以上に新幹線に乗ることと片道1時間半の特急電車通勤を満喫していた。

 

その仕事で、同い年の大学生・美穂(みほ)と出会った。美穂は、やや小柄でほっそりとした可愛らしい感じでおとなしめ。いつもやわらかい表情で笑顔がいっぱい。そんな微笑ましい美穂にうっすらと恋心を持っていた。

車内販売の仕事は基本1泊2日で、宿泊先は職場の寮だった。仕事が早く終わる日には、ときどき、職場の仲間数人と食事へ行った。でも、同性異性にかかわらず、2人だけで出かけるような空気はなかった。二人だけになる場所と言えば、新幹線の中での休憩時間くらい。

美穂と二人だけのときは、他愛ない会話ばかりだったが、心の休まる穏やかな時間であった。その穏やかな空気に異変が起きたのは、職場がもうすぐ廃業というころ。

 

仕事中、商品などが収納されている部屋の前でばったりと美穂に出会い、美穂に「ここで少し休憩しよう」って言われて、座る場所もない狭いスペースで壁に寄りかかりながら立ち話をしていた。美穂がポケットからメモ用紙を取ろうとしたとき、ポケットに入っていた小銭が飛び散った。私が飛び散ろうとした小銭をすかさず美穂の腰のあたりで抑え込んだので、被害は少なく・・・落ちた小銭を集め終えて、また壁に寄りかかりながら・・・でも、なんだか変な空気・・・美穂も私も言葉がなかなか出てこない。しばらくして休憩を終え、その日は言葉を交わすことはなかった。

翌週、美穂と同じ新幹線に乗車したときはいつもの彼女に戻っていた。その日は珍しく、若者4人で休憩することになった。美穂と私、そして男女1人ずつ。4人で話していると、男の子が会話の弾む美穂と私に「夫婦みたい」と言い出した。美穂はすかさず私の腕にしがみつき「結婚するんだよ」と返し、私は笑ってごまかした。このメンバーって、そんな冗談が通じる間柄でもなかったはずだが・・・その男の子ともう1人の女の子は、しばらく固まっていた。

 

私はその言葉を本気で受け止めたいくらい美穂のことは好きだったが、私の親が破産寸前状態で恋をしている余裕はなかった。しかも、遠くへ引っ越す直前で、そばにいることもできなくなる。諦めるしかなかった。

その後は、私が辞めるまで美穂とは勤務が合わず、一度すれ違って笑顔であいさつしただけ・・・今でも、美穂に会えるものなら会いたい・・・やはり、引きずっている。

 

 



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