12年ぶりに再会した優香

 

初めて会ったのは13年前。

 

同じ企業ではあったが、岡村優香(おかむらゆうか)が働いていた建物は、私・松本隆史(まつもとたかし)が働いていた建物から数キロ離れたところにあった。私はたまに優香が働いている建物へ行くことがあり、優香は入り口近くに座っていて窓口的な存在であった。
顔見知りになってから1年近くが経ち、私は家庭の事情で大阪へ引っ越すことになった。その会社を辞める数週間前、事件が起きた。
詳しいことは分からなかったが、優香は頬や唇の横が青あざになっていて痛々しかった。でも、私は何事もなかったように笑顔で声をかけ、優香もまた笑顔で対応してくれた。私と同じ部署の女性たちは、『岡村さんのあざは残るやろうなぁ、かわいそう』と話していた。その後、私は優香に会うこともなく会社を去った。

 

それから12年の月日が経ち・・・

 

2人の息子の進学のために、大阪に妻と娘2人を残して、私は2人の息子を連れて京都へ引っ越した。私は、京都にある会社に転職した。
出社初日の挨拶で、顔にあざのある優香に似た人に目が止まった。私はたまたま似た人がいただけだと思い込んでいた。

 

私がお昼休みに外の食堂で食べるために出かけようとすると・・・

 

優香「松本さん、食べに行くんですか?」
隆史「えぇ、どこかで食べてこようかと・・・」
優香「奥さんはお弁当を作ってくれないんですか?」
隆史「子どもたちは学食ですし、妻とは一緒に住んでいませんから・・・」

 

私はそう言って食事に出かけた。
遠くで様子を見ていた同僚・櫻井紗季(さくらいさき)が優香に声をかける。

 

紗季「男性恐怖症の優香が男に声をかけるなんて珍しいね」
紗季「松本さんに一目惚れ?」
優香「そうじゃないけど、まぁ、ちょっとね」

 

翌日、私がお昼休みに食事に出かけようとすると・・・

 

優香「松本さん、今日も外食ですか?」
隆史「そうですけど」
優香「お弁当、作ってきたので食べませんか?」
隆史「僕にですか?」
優香「はい」
隆史「せっかく作ってくれたのなら食べようかな」
優香「本当ですか?」
優香「よかったら、一緒に食べませんか?」
隆史「そうしようかな」

 

外は小春日和の程よい暖かさだったので、2人で近くの公園で食べることにした。
優香の手作りの弁当は鮮やかだった。

 

隆史「めっちゃ、おいしかった」
隆史「素敵なお嫁さんになれるね」
優香「喜んでもらえて良かった」
隆史「そういえば、結婚してたっけ?」
優香「ずいぶん前に離婚したの」
隆史「子どもは?」
優香「いません」
隆史「そうなんだ」
隆史「岡村さんならまたいい人、見つかるよ」
隆史「若いし、綺麗やし」
優香「そうかな」

 

しばらく、沈黙が続き・・・

 

優香「ところで、私のこと、覚えてますか?」
隆史「もしかして、12年くらい前に〇〇で働いていた?」
優香「覚えてくれていたんですか?」
隆史「もちろん!」
隆史「僕のタイプの女性やったし」
隆史「昨日、顔を見たとき、なんか似てるなぁとは思っていたんだけど・・・」
隆史「声をかけてくれて、お弁当まで作ってくれて嬉しいよ」
隆史「でも、なんでこんなにしてくれるの?」
優香「松本さんは優しかったから」
隆史「何かしてあげた記憶はないんだけど」
優香「私の顔のあざのこと、覚えてますか?」
隆史「まぁ、覚えてるけど・・・」
隆史「あの時、どう接したらいいのか迷ったけど」
隆史「こっちが気にしないほうがいいんじゃないかと思って」
隆史「普段通りに接しただけだよ」

優香「私はそこに救われました」
優香「周りのみんなに『どうしたの?』って言われるたびに辛くて・・・」
隆史「人生、辛いこともあるし、時間が解決してくれればいいのかなと・・・」
優香「やっぱり、松本さんは思った通りの方です」
隆史「僕自身、幼いころから波乱万丈の人生を送ってきたから、そう思うだけ」
優香「時間が解決してくれましたか?」
隆史「当時は本当に辛かったけど、今は」
隆史「『そんなこともあったなぁ』と何事もなかったように過去を思い出す自分と」
隆史「『あれは悪夢だったんだ』と逃避している自分がいる」

優香「強い人ですね」
隆史「僕は過去を振り返えらず、いつも未来を見ていたいだけ」
優香「私もそんなふうに考えられたらいいんだけど・・・」
隆史「無理してそうしようとしても性格的にできないこともあるし」
優香「あのう、私、こんな顔なんですけど、こうやって話をしてくれませんか?」
隆史「こんな顔だなんて言うなよ、今でも綺麗だよ!」
隆史「僕と話をして気が紛れるんだったら聞いてあげるよ」
優香「じゃあ、明日もお弁当、食べてくれますか?」
隆史「また作ってくれるの?」
隆史「ありがたいけど、作るのたいへんやし」
優香「自分のお弁当を作るついでだから大丈夫」
隆史「じゃあ、遠慮なくいただきます」

 

仕事が終わった後・・・

 

紗季「ねぇ、優香、松本さんと何話してたの?」
紗季「なんか親しそうに話してたよね」
紗季「元カレとか」
優香「そんなんじゃないって」
優香「前の職場で知り合っただけ」
紗季「凄い偶然だね、運命の人やったりして」
優香「ただの偶然だよ。でも、松本さんはいい人やからまた会えて嬉しい」
紗季「あっ、やっぱり好きなんだ」
紗季「あれだけ男嫌いやったのに、なんで松本さんには心を許せるのかな?」
優香「冷やかさないでよ、松本さんにも失礼だし」
紗季「で、明日もお弁当作るの?」
優香「うん、松本さんも食べてくれるって言ってくれたし」
紗季「松本さんも優香に気があるんや」
優香「私の話を聞いてもらうだけだよ」
紗季「ふぅ~ん」

 

数日後、会社で私の歓迎会を開いてくれた。

 

隆史「櫻井さん、よろしくお願いします」
紗季「こちらこそよろしくお願いします」
紗季「ところで、優香のこと、どう思ってるんですか?」
隆史「優香さんって、岡村さんのこと?」
隆史「いやぁ、まぁ、話し相手というか・・・」
紗季「松本さんだけですよ、優香が心を開いているのは」
隆史「へぇ~、そうなんだ」
紗季「それだけ?」
隆史「それ以上のことは・・・」
紗季「優香のこと、好きじゃないの?」
隆史「僕は既婚者だから、他の人に恋愛感情なんて持てない」
紗季「息子さんと3人暮らしなんじゃ・・・」
隆史「息子の学校のために引っ越してきたんですけど、」
隆史「高校生の娘がいるし、妻も仕事があるので、大阪に残してきたんですよ」

紗季「優香は知ってるの?」
隆史「それは最初に言いました」
隆史「でも、岡村さんはそれでもいい、いつも通りでいて欲しいと」
隆史「僕は岡村さんが幸せになれるようにサポートしたい」
隆史「素敵な人を見つけてあげたいんです」
紗季「松本さんはそう思っていても、優香はそれで納得するかな?」
紗季「女心ってそう簡単に変わるもんじゃないわよ」
紗季「特に、優香の場合はね」
紗季「知ってるんでしょ、優香の身に起こったこと」
隆史「詳しいことは知らない」
隆史「それ以上のことを聞く必要はないし」
隆史「岡村さん自身がその傷を癒せるまで見守るしかないと」
紗季「他人事なんですね」
隆史「意識し過ぎないほうがいいんですよ」
紗季「まぁ、そうだけど・・・うまくいかないなぁ」
紗季「もし松本さんが独身だったら、優香のこと、好き?」
隆史「ごめん、それは答えられない」
紗季「じゃ、もし私が松本さんに『好き』って言ったらどうする?」
隆史「えっ?」
紗季「どうなん?」
隆史「そうだなぁ、『ごめんなさい』すると思う」
紗季「ロクに話もしてないのに、そんなこと言われるなんてショックやわ」
紗季「でも、優香には『ごめんなさい』しないんだね」
紗季「やっぱり好きなんだ、優香のこと」
隆史「元同僚とはいえ、個人的な話はしたことないし・・・分からないよ」
紗季「恋愛って考えてするもんじゃないでしょ」
紗季「今、私に『ごめんなさい』したみたいに」
隆史「まぁ、そうなんだけど・・・」
紗季「それより、早く優香のところへ行ってあげて」
紗季「さっきからこっちをチラチラ見てる」
紗季「私と話し込んでるのが気になって仕方がないんだよ」
隆史「冷やかすの無しだよ」
紗季「優香が松本さんを好きになった理由が分かる気がする」
紗季「じゃ、頼むよ、優香のこと」
隆史「はい」

 

数人と挨拶を交わした後、優香のところにたどり着く。

 

隆史「岡村さん、おまたせ」
優香「紗季と話し込んでたけど、何話してたの?」
隆史「櫻井さんに『好き』って告白された」
優香「えっ・・・」
隆史「嘘、うそっ」
隆史「櫻井さんとは仲いいんだね」
優香「この会社に入ってすぐに、紗季から仲良くしてくれて」
優香「紗季もいい人だよ、こんな私に声をかけてくれて」
隆史「話してたら、いい人なのは伝わってきた」
隆史「櫻井さん、岡村さんのことすごく気にかけていているよ」
隆史「僕に『岡村さんのことよろしく』って言ってた」
優香「どうよろしくなんだろう」
優香「紗季もいろいろあったからなぁ」
優香「紗季のこともよろしく」
隆史「近いうちに、櫻井さんと3人で食事に行かない?」
優香「それ、いいね」

 

紗季を呼んで・・・

 

優香「紗季、3人で食事に行かへん?」
紗季「2人で行ったらええやん」
紗季「私がおったら邪魔でしょ」
隆史「紗季さんの話も聞いてみたいし」
隆史「どう?」
紗季「まぁ、2人が来てって言うんなら、行ってもいいよ」
隆史「決まり!」
隆史「じゃ、今度の土曜日か日曜日はどう?」
優香「私はどっちでもいいよ」
紗季「私も」
隆史「土曜日のお昼にしようか」

 

そして、土曜日、京都駅ビルにある和食のお店で・・・

 

隆史「今日は僕のおごりだから、遠慮なく食べてね」
隆史「いつもお弁当をいただいているお礼」
紗季「私は作ってないんだけど、おごってもらえるのかな」
隆史「もちろん、岡村さんの大切な友達やからね」
紗季「やったぁ、でも、お金大丈夫?」
隆史「いつも昼食代が浮いてるからその分を還元」
紗季「じゃあ、これからも優香にお弁当を作ってもらおう」
優香「私だけ?」
紗季「優香は料理上手いじゃん」
紗季「私は料理下手やし」
隆史「ところで、櫻井さんはなんで岡村さんを気に入ったの?」
紗季「初めて会ったとき、私とどこか似てるような気がして」
隆史「まだ未婚?」
紗季「『結婚しよう』って言ってくれた人はいたんだけど」
紗季「いつまで経っても結婚してくれなくて」
紗季「5年待っても変わらなかったからこっちから別れようって言ったの」
紗季「あとで分かったんやけど、彼、結婚してたの」
紗季「男を信用できなくなって、未だに独身」
隆史「いい人を見つけたら櫻井さんにも紹介するよ」
紗季「ほんまに!」
紗季「松本さんの紹介なら信用できそうやし」
紗季「よろしくお願いします」
隆史「あまり期待されても困るんだけど」
紗季「まぁ、元カレと私の関係が、今の松本さんと優香の関係みたいなものだからね」
優香「松本さんはそんな人やない」
紗季「ほらっ、優香は本気でしょ!」
優香「いいの、私はこのままで」
紗季「絶対に奪いたくなるって」
紗季「松本さんも優香に気があるみたいやし」
隆史「おいおい、僕もかよ」
紗季「松本さんは結婚してるから、自分の気持ちに気付いていないんだよ」
紗季「奥さんのこと、今でも好き?」
隆史「最初は違和感がなかったんだけど、妻はかなり古風な考え方で」
隆史「僕は新しいものを取り込んでいくタイプやから」
隆史「年を追うごとに価値観が合わなくなってきている」

隆史「子どもの教育のことで離婚危機にも陥ったことがあるし」
隆史「いい人なんだけど、付き合い始めた当初から『恋愛観』が違っていて」
隆史「僕自身、物足りなさを感じていて、年を追うごとに冷めてきてる感じ」

紗季「『恋愛観』が違うって、どんな感じ?」
隆史「僕はいつも恋人同士のようにラブラブでいたいけど」
隆史「妻はそういうのが苦手で、体に触れることはあまりない」

紗季「ほんまに?私、無理」
紗季「そういうの耐えられない」
紗季「優香もこう見えてラブラブ派だよ、ねっ?」
優香「まぁ、そうかな」
紗季「ねぇ、松本さん、3人の間では下の名前で呼ぼうよ」
紗季「なんか苗字だとよそよそしいからさ」
隆史「そうだね、いいんじゃない紗季さん、優香さん」
紗季「『さん』も要らないよ、ねぇ、優香」
優香「私は構わないよ」
紗季「隆史、いいでしょ?」
隆史「そうだな、紗季、優香」
優香「じゃあ、隆史」
紗季「ええ年して、なに照れてるの」

 

食事を終えて・・・

 

紗季「じゃあ、私はそろそろ帰るわ」
優香「もう帰るの?」
紗季「あとは2人で楽しんで」
紗季「邪魔者は消えます」
優香「でも・・・」
紗季「私のことはいいから」
紗季「隆史、優香のことお願いします」
隆史「はい、大切に預かります」
隆史「紗季も気を付けて帰ってね」
紗季「休み明けにゆっくりとのろけ話を聞かせてもらうからね」
優香「紗季はすぐそうやってからかうんだから」

 

紗季が去り、2人で京都の街をブラブラと散策しながら・・・

 

優香「なんか、隆史と紗季って波長が合っているよね」
隆史「確かに話しやすいよ」
隆史「でも、兄妹みたいな感じかな」
隆史「だから、恋人とかそういったタイプじゃない」
優香「もし、隆史が独身だったら、私のことはどう思うのかな?」
隆史「紗季と同じこと聞くんだね」
優香「紗季もそんなこと言ったの?」
隆史「紗季は冗談っぽく言ってたけどね」
隆史「優香への気持ちは、紗季の言ってた通りかもしれない」
隆史「でも、今は返事できない」
隆史「これからも返事ができるかわからない」
隆史「ごめん」
優香「分かってるから、心配しないで」
優香「ただ、私が隆史のこと『好き』ってことは知っておいてもらいたい」
隆史「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

隆史は優香を京都駅まで送って、それぞれ家に帰った。

週明け月曜日の朝・・・

 

紗季「優香、おはよう」
優香「おはよう」
紗季「ねぇねぇねぇねぇ、昨日はあの後、何時まで一緒におったん?」
優香「え~と、6時くらいかな」
紗季「早っ、一緒に夕飯、食べへんかったん?」
優香「街をブラブラしてたら疲れちゃって」
紗季「どっちが帰ろうって言い出したん?」
優香「私」
紗季「もっと一緒にいたいと思わへんの?」
優香「隆史の重荷になるのはいややから」
紗季「もっと甘えな相手にしてくれへんで」
優香「そんなこと言っても・・・」
紗季「隆史も隆史や」
紗季「私が『優香のこと頼むで』って言うたら『はい』って答えよったのに」
紗季「冷たいわ」
優香「隆史は既婚者で子どももいてるし、私から求められへん」
紗季「そうかもしれへんけど、優香の気持ち、分かってへんわ」

 

そこへ隆史がやってくる。

 

隆史「おはよう、優香、紗季」
紗季「おはようじゃないわよ」
紗季「なんで優香を夕飯にも誘わずに帰したん?」
優香「ちょっとぉ、止めて紗季」
隆史「なんか疲れてたみたいやったし」
隆史「初っ端から夜遅くまで振り回すのは悪いと思って」
紗季「お互い、ええ年なんやから、そんなん気にせんでもええんちゃう?」
紗季「私なら振り回すわ」
優香「私は隆史が空いている時間に相手してもらえればそれでいいの」
紗季「なんでそうやって自分の気持ちをごまかそうとするの?」
隆史「まぁまぁまぁまぁ、僕が悪かった」
隆史「紗季の言う通りだよ」
隆史「優香の気持ちを聞いといて、早々に帰しちゃった僕が悪い」
隆史「ごめん」
優香「謝らなくていいよ」
優香「帰ろうって言い出したのは私のほうやし」
優香「隆史の重荷になりたくないの」
紗季「そうやって溜め込んだらあかん」
隆史「まぁ、落ち着いて」
隆史「また遊びに行こう、3人で」
紗季「今度は2人で行って来なよ」
隆史「優香、どうする?」
優香「紗季がそう言うんだったら・・・」

 

仕事が終わった後・・・

 

優香「ねぇ、紗季」
紗季「ん、何?」
優香「紗季も隆史のことが好きなんやない?」
紗季「なんで、私が」
紗季「私は優香を応援してるだけだよ」
優香「普段はクールな紗季が隆史のことになると熱くなるよね」
紗季「本当に優香のことを応援したいだけ」
優香「私に言ったように、紗季も自分に正直になったほうがいいよ」
紗季「何言ってんの、正直だよ」

 

次の土曜日・・・

 

隆史「紗季、お昼だけでもくればよかったのに」
優香「紗季も気を使ってるんだよ」
優香「紗季のこと、どう思う?」
隆史「どう思うって、いい人やなぁと思ってる」
優香「そうやなくて、女性として好きかどうかってこと」
隆史「どうしたの、急に」
隆史「前にも言ったけど、兄妹みたいなものだよ」
優香「紗季はそうは思ってないよ」
優香「隆史に恋してると思う」
隆史「そんなことないって」
優香「隆史は紗季のこと、まだ分かってないんだよ」
優香「あぁ見えて、本心を隠して人に尽くすタイプやから」
隆史「優香は、僕が紗季に優しくしてあげてほしいと?」
優香「うん、でも、私も隆史のことが好きだってことは忘れないで」
隆史「分かった」

 

昼食を終え、京都の街をブラブラしていると
パトカーが僕たちの少し先で止まり、2人の警察官が歩み寄ってきた。

警察手帳を僕たちに見せて・・・

 

警官「ちょっと署まで同行願いますか?」
隆史「どうしてですか?」
警官「あなたにDVの疑いがありまして」
優香「えっ、DV?」
優香「どういうことですか?」
警官「あなたを見た人から通報がありまして」
優香「このあざのことですか?」
優香「これなら昔にできたものです」
警官「一応、署で話を聞かせてくれませんか?」
隆史「分かりました」
隆史「優香、話をすれば分かってもらえるから大丈夫」
優香「うん、分かった」

 

パトカーに乗り、近くの警察署まで連れて行かれた。
優香は女性警官、僕は男性警官に、別々の部屋へ連れて行かれた。

名前や住所を告げた後・・・

 

警官「岡村さんのあざはあなたが暴行したからではないのですか?」
隆史「僕ではありません」
隆史「12年前、誰かに暴行されたそうです」
警官「何故、12年前だと知っているのですか?」
隆史「当時、僕は彼女と同じグループの会社に勤めていました」
隆史「僕はたまに仕事で彼女の働く職場に行くことがあり」
隆史「彼女はいつも入り口付近で対応してくれていましたので」
隆史「彼女のことはその時から知っていました」

隆史「でも、その時は窓口で顔を合わせるだけで」
隆史「私的な話をしたことはありませんでした」

隆史「ただ、私がその職場を辞める1ヶ月前くらいだったと思うのですが」
隆史「仕事で彼女の職場に行くと彼女が出てきたのですが」
隆史「顔の右側にひどいあざができてました」

隆史「僕はそのあざについて彼女に聞くことはなかったのですが」
隆史「僕の職場の女性たちが『暴行された』って言ってました」

隆史「たぶん、あざが残るんじゃないかと話していました」
隆史「ちょうど私の子どもが生まれる少し前だったので」
隆史「12年前だとすぐに分かるんです」

警官「その頃、あなたはその会社を辞められたんですよね?」
警官「その後も彼女と会ってたのですか?」
隆史「いえ、つい最近、僕が今の会社に転職したら」
隆史「彼女がその会社で働いていたんです」

隆史「最初は、お互い半信半疑だったのですが、彼女が声をかけてくれて、」
隆史「前の職場で出会った人だということが分かったんです」

隆史「偶然の再会というか・・・」
警官「で、付き合い始めたってことですか?」
隆史「いえ、彼女の友達から彼女が男性不信に陥っていると聞いたのですが」
隆史「僕のことは信用してくれてたみたいで」

隆史「そのことを聞いて、彼女の心を癒せてあげれたらと思って」
隆史「話し相手になっているんです」

警官「先ほど、子どもが生まれたと言ってましたが、結婚されているのですか?」
隆史「はい」
隆史「だから、彼女の話相手になっているだけです」
警官「腕組みして歩いていましたよね」
隆史「彼女は僕のことを好きでいてくれているようですが」
隆史「僕には妻子がいますし、それ以上のことは・・・」

警官「奥さんは、知っているのですか?」
隆史「いいえ、知りません」
隆史「子どもの学校の都合で、妻とは離れて暮らしていますし」
隆史「話したら、妻が仕事に手がつかなくなると思いますので」
警官「事情は分かりました」
警官「岡村さんにも調書を取っていますので、しばらくお待ちください」
隆史「分かりました」

 

一方、優香は・・・

名前や住所を告げた後、

 

警官「そのあざはどうされたのですか?」
優香「昔、元旦那に暴行されまして」
警官「昔とは、いつ頃のことですか?」
優香「12年ほど前です」
警官「暴行したのは、松本さんですか?」
優香「いいえ、彼ではありません」
警官「松本さんとはいつ頃から付き合っているのですか?」
優香「付き合っているというか、話し相手になってもらっています」
優香「最近、彼が私の職場に転職してきて、再会したんです」
警官「でも、腕組みしていましたよね」
優香「私が一方的に好きなだけです」
優香「彼には妻子がいて、恋愛対象として見てはくれていませんから」
警官「再会したということは、以前にも会ったことがあるということですね」
優香「はい、前の職場が一緒で、ただ、働いてた場所は違うのですが」
優香「たまに彼が私の職場に来て、私が窓口のところで事務をしていましたので」
優香「仕事の要件を聞いたりしていました」

警官「再会したとき、何故、すぐにその時の彼だと分かったのですか?」
優香「その職場で彼と最後に会ったのが」
優香「私が暴行を受けて顔があざだらけになっていた時でした」

優香「周りの人たちはあざのことを気にしてくれていたのですが」
優香「私はその度に思い出して辛くなるんです」

優香「でも、彼は何事もなかったかのように接してくれたんです」
優香「それがすごくありがたくて、彼には感謝しています」
警官「状況は分かりました」
警官「念のため、お知り合いの方にお話を聞きたいのですが、どなたかいませんか?」
優香「友人に連絡してみます」

 

優香が紗季に電話をする。

 

紗季「優香、どうしたん?」
紗季「隆史とけんかでもした?」
優香「そうじゃないんだけど、今、警察署にいて」
紗季「何かあったの?」
優香「私の顔のあざのことで、警察の人に話を聞かれていて」
優香「警察の人が知り合いに話を聞きたいということで」
優香「紗季に来てもらえないかなぁと思って電話したの」

紗季「何それ、ひどい」
紗季「すぐに行くから待っといて」
優香「ありがとう」

 

1時間ほどして、紗季は警察署に着き、優香のいる部屋に案内された。

 

紗季「大丈夫、優香?」
優香「ごめん、こんなことに巻き込んで」
紗季「そんなん構へんよ」
紗季「どういうことですか?」
警官「彼女のあざのことで通報がありまして」
警官「署まで同行してもらい、話を聞かせていただきました」

紗季「隆史・・・彼を疑ってるんですか?」
警官「話を聞かせていただいているだけです」
警官「問題がなければお返しいたします」
紗季「彼はそんな人じゃありません」
紗季「私にも優しいですし、優香のこともすごく気にかけてくれています」
紗季「暴力を振るうなんて考えられません」
警官「分かりました」
警官「わざわざお越しいただきありがとうございました」
警官「彼の調書を取らせていただいていますので、しばらくお待ちください」
紗季「それだけ?」
紗季「優香に謝ってください」
紗季「ようやく見つけた優香の幸せを台無しにしないで」
優香「警察の人も仕事なんだから」
紗季「でも・・・」
優香「仕方ないよ、私、こういう顔なんだから」
警官「申し訳ございません」
警官「最近、こういう事件が多い中で、通報を受けたものですから」
警官「お話を聞かせていただいただけですので」
警官「すぐにお帰りいただけると思います」
優香「ただ、隆史をこんなことに巻き込んでしまったことが辛くて・・・」
優香「隆史に合わせる顔がない」
紗季「大丈夫だよ、優香」
紗季「こんなことで逃げるような人じゃないよ、隆史は」

 

女性警官と男性警官が調書を照らし合わせた後・・・

 

警官「ご協力ありがとうございました」
警官「お手数をお掛けして申し訳ございませんでした」
隆史「お仕事ですし、ご理解いただけましたので問題ありません」
隆史「紗季、来てくれてありがとう」
隆史「優香も帰ろう、送っていくから」
紗季「あれ、何か忘れてない?」
隆史「あっ、ごめん」
隆史「わざわざ来てくれたのに」
隆史「お詫びに夕飯でも食べに行こうか」
優香「私はいいよ、帰る」
紗季「優香、逃げたらあかん」
紗季「行くよ、ご飯食べに」
隆史「僕も2人に話したいことがある」
隆史「だから、行こう、優香」
紗季「私の名前、入ってないんやけど」
隆史「ごめん、紗季」
紗季「気にしてへんよ、私はわき役やから」

 

3人で居酒屋に入ることにした。

 

紗季「飲もう、ほらほら」
優香「私は飲めないし、お二人でどうぞ」
隆史「いっぱい食べて」
隆史「今日は飲んで酔って、僕の話をするよ」
紗季「隆史は優香のことタイプだよね」
隆史「なんで知ってんの?」
紗季「そりゃ、顔みれば分かるよ」
優香「ごめん、私が紗季に言っちゃいました」
隆史「いいの、いいの」
隆史「優香と紗季は仲良しなんやから」
隆史「いつかはバレると思ってたよ」

 

しばらく会話は続き・・・

 

隆史「ところで、優香」
隆史「僕があのとき・・・優香の顔を見たとき」
隆史「僕はどんな顔をしとったんやろ?」
優香「驚かへんかったなぁ」
優香「普段通りの顔してた」
紗季「私だったら、『どうしたん?』って叫んでまうわ」
紗季「でも、なんで隆史は驚かへんかったん?」
隆史「僕にも過去があるんだよ」
優香「過去・・・」
隆史「優香や紗季が男嫌いなように、僕は人が怖いんや」
隆史「うちの母は再婚・離婚の繰り返しでね」
隆史「小2のときに再婚した義父は大好きやった」
隆史「怒ると怖いけど、本当の子どものようにかわいがってくれて、」
隆史「野球も教えてくれた」

隆史「おかげで、20代はいい人生を送ることができた」
隆史「でも、小5のとき、別れちゃってね」
隆史「その後、中3のとき、母は別の男と再婚した」
隆史「ちょっとうまくいかないことがあると、酒を飲んで暴れる人やった」
隆史「包丁を振り回して部屋のあちこちに傷をつけたり、壁を蹴り破ったり」
隆史「飼ってたペットを殺されたり、僕の首を絞めて殺そうとしたりと」
隆史「いつも怯えとった」

隆史「義父のお兄さんの助けもあって離婚はしたけど、執拗に追いかけてきた」
隆史「ずっと九州で育ってきたけど、収入的な問題もあったし」
隆史「そこから逃げ出したい気持ちもあって、母を連れて関西に出てきた」

隆史「でも、いつ追いかけてくるか心配やった」
隆史「母が亡くなった時、戸籍をたどっていて分かったんやけど」
隆史「母と僕が関西に引っ越した2年後くらいに亡くなっていた」

隆史「そういう部分では、今は心配が無くなった」
隆史「あの時のことは夢だったんやないかと思えることがある」
優香「『波乱万丈の人生を送ってきた』って言ってたよね」
優香「そういうことがあったんやね」
優香「驚かなかった理由もわかる」
紗季「全然そんなふうには見えへん」
紗季「隆史も辛いことがあったんや」
隆史「そういう経験があったからこそ、瞬時的にあういう態度で接したんやと思う」
隆史「自分でもそういうふうに接したことに驚いてる」
隆史「だから、今日のことは気にせんといてや」
紗季「ほら、言うたやろ、隆史は逃げへんて」
優香「ごめん、もう大丈夫」
優香「いつも通りでいる」

 

居酒屋を出た後、紗季は一人で家へ帰り、隆史は優香を自宅まで送った。

優香のアパートの玄関前で・・・

 

優香「今日はありがとう」
優香「また一歩、隆史と近づけたような気がする」
隆史「よかったぁ~」
隆史「じゃ、帰るね、またゴールデンウィーク明けに」
優香「待って」
優香「せっかくだから、ちょっと寄っていきませんか?」
優香「終電まで時間、ありますよね」
隆史「急にかしこまってどうしたん?」
優香「・・・」
隆史「分かった」
隆史「じゃあ、終電まで」
優香「ありがとう、どうぞ」

 

優香の部屋に入る。

 

隆史「おじゃましま~す」
隆史「うゎ~、綺麗にしてるね」
隆史「さすが女性の部屋だね」
優香「今朝、家を出る前に慌てて綺麗にしたの」
隆史「ん、ってことは、初めから家に来てもらうつもりやったってこと?」
優香「えっ、あぁ・・・」
優香「もし来てくれたら、玄関先で帰すのも悪いし」
隆史「僕のために?」
優香「隆史のために」
優香「好きだから」
隆史「男は僕一人じゃないよ」
隆史「優香のために尽くしてくれる男性が何人もいるはず」
隆史「優香はそのうちの一人の男性を好きになるはず」
隆史「優香にその男性を見つけてもらうことが僕の使命」
隆史「そのために優香と僕を再会させてくれたと思っている」
優香「本当にそれで満足ですか?」
優香「隆史の本当の気持ちを知りたい」
優香「私じゃダメですか?」
隆史「優香・・・本気になったらあかん」
優香「もう我慢できないの」
優香「少しでも長く、隆史と一緒にいたい」
優香「誰にも渡したくない」
隆史「やっぱり紗季の言ったとおりになったな」
隆史「優香は気持ちを隠し通せなくなるって言ってた」
優香「紗季が・・・」
隆史「僕には守らなければならない家族がいる」
隆史「優香のことは大好きだけど、家族を捨てることはできない」
隆史「過去を消すことはできない」
優香「困らせてごめん」
優香「でも、今日このまま隆史を帰したら」
優香「もう会ってくれないんじゃないかと思って」

隆史「気持ちを抑えるのが辛いのは分かる」
隆史「僕自身、優香にどこまで許していいのか迷ってるし、」
隆史「優香に背を向けられるのは辛い」

隆史「だから、できるだけいつもの優香でいてほしい」
優香「せめて私たち二人の時だけでも、愛してくれませんか?」
優香「少しの間でいいから、私だけ見ていてほしい」
優香「絶対に口外しないし、紗季にも言わないから」
優香「今日は帰ってほしくない、帰らないで」
隆史「ごめん」
隆史「帰って子どもに洗濯したり朝ご飯作ったりしてあげないと」
隆史「明日、僕がまた来るってのはどう?」
優香「明日、必ず来てくれる?」
優香「隆史のマンションの近くまで迎えに行ってもいい?」
隆史「うん、もちろん」

 

隆史は終電で家に帰った。

続きはまたこんど・・・

 

 



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